広報誌広報誌2019年3月号文化

2020うえの夏まつり~不忍夢 -広報誌2020年3月号-

こんにちは。学生団体おりがみ文化チームです。

本誌をお読みの方は、唐突に目に入ってくる「夏まつり」の文字を見て、オリンピック・パラリンピックとどう関連があるのか疑問に思う方も多いと思います。

まずは前置きとして、改めて文化とオリンピックとの関連性についてお話しすることから始めましょう。

そもそもオリンピズムと呼ばれる近代オリンピックの理念には二つの柱としてスポーツ以外にも「文化」があり、スポーツと同様に重要視されている分野です。その「文化」プログラムはこれまで様々な変遷を辿ってきました。

実際、今から100年以上前、日本が初めて選手団を派遣したのは1912年のストックホルム大会ですが、当時は、絵画、彫刻、建築、音楽、文学の5分野の「芸術競技」として実施され、スポーツ同様、優秀作品にメダルが授与されていました。

そして52年のヘルシンキ大会から「芸術展示」という形式に変わり、64年の東京大会でも「日本最高の芸術品を展示する」という基本方針の下、美術や芸能の分野で多彩な展覧会や公演が実施されます。

その後、92年のバルセロナ大会で4年間の「文化オリンピアード」の仕組みが導入されました。

そして、2012年のロンドン大会では4年間の文化オリンピアードと大会開催年の芸術フェスティバルを組み合わせて、五輪史上かつてない規模と内容の文化プログラムが実施され、大きな成果をあげたのです。

長々と述べてしまいましたが、要するに、芸術競技、芸術展示、文化オリンピアードと時代とともに形態は変化しながらも、文化プログラムは街中に飛び出し、より多くの人が参画できるようになってきたのです。

オリンピック・パラリンピックには欠かせない要素である「文化プログラム」。私たちは、この中の一つとして「2020うえの夏まつり~不忍夢(しのばずのゆめ)」を学生主体で行うことになりました。

「うえの夏まつり復活プロジェクト」2019年度の報告

2020年東京大会期間中に実施することになった「2020うえの夏まつり~不忍夢(しのばずのゆめ)」ですが、もちろん突然実施が決定した訳ではありません。

これまでの活動を積み重ねていく中で見えてきた集大成であり、本章ではそのプレイベントとなった「2019うえの夏まつり~不忍夢(しのばずのゆめ)」の報告をしていきたいと思います。

本プロジェクトは、リーダーである深澤が上野で体感した「神輿」の熱気や一体感を、周りにも共有したい、自分で創ってみたいとの小さな想いから始まりました。

これを、うえの夏まつりの辯天堂の「盆踊り」を半世紀ぶりに復活させることで実現するとの発想に至ります。

このように模索しながら徐々に活動を広げていく中で、ようやく一つの形になったのが「2019うえの夏まつり~不忍夢」でした。

2019年8月9日から11日にかけて上野公園の辯天堂(べんてんどう)広場にて開催したこの夏祭りには、3日間で述べ1万人もの方々にいらしていただきました。

辯天堂の盆踊りを半世紀ぶりに復活させることを一つのシンボルにおきつつ、企画者や出店者、出演者には多くの若者が集いました。

ステージには計13組もの若手アーティストやパフォーマーが立ち、周囲では縁日や日本文化体験、障がい者スポーツ体験ブースなど合わせて8企画を実施したのです。

そして各日の最後には地域の方々と一緒にフィナーレとして盆踊りを行います。

若者が輝く場を提供するだけでなく、年代や障がい、国籍や人種など様々な壁を越えてひとつのものをつくる。そんな感動を創ることのできた瞬間でした。

「不忍夢(しのばずのゆめ)」とは、「不忍」池の畔で行われる祭りであることと、「夢」をかけ合わせた、「夢をあきらめない」という意味のコンセプトです。

ここには私たちだけでなく多くの人の想いがこもっています。盆踊りがなくなってしまったこの地域の夢も、若者たちの熱い夢も、そして参加する無邪気な子供たちの夢も…すべてこの祭りに集めたい。

そしてその想いを実現したいと願ってこの名を付けました。実際に、50年ぶりの盆踊りのために駆けつけた地域の方々からの感謝のお言葉や、子供たちのはしゃぎ声、若者たちの歓声などを耳にしたことで、私たちも幸せな気持ちでいっぱいになりました。 

本プロジェクトの背景

このようにして大盛況に終えることのできた夏祭りでしたが、当日に感動の場を提供するだけではありません。

『多様な文化が入り混じるまち「上野」で若者へ成長の場を届けること』を目的に掲げたプロジェクトでした。2020年だけではなく、それ以降も継続させ続けていくことで、「地域の魅力発信」と「若者の成長の場の提供」の二軸を元に構想しているのです。

ここでは、プロジェクトを経て、私共から垣間見えた「上野」について、そしてその土地における「若者」の関わりについて述べていきたいと思います。

この土地「上野」には、上野公園の博物館群を中心とした「山」と商店街を中心とした「街」の文化圏が存在しています。

山とは、寛永寺をはじめとした日本古来の江戸や明治からの歴史の象徴や、世界から文化芸術資源が集まる博物館群、東京藝術大学、動物園などのある一体の地域を指しています。

そして街とは、複数の商店街からなる庶民文化が根付く土地のことを指しています。両者はそれぞれの観光資源や魅力を活かして多くの観光客を集めていますが、同じ地域にあることを知るものは多くありません。

また、この地には、新幹線の通るかつての東北の玄関口として様々な人を受け入れてきた歴史的背景があり、現在も京成スカイライナーを伝って空港から多くの方々が訪れる入り口になっています。

お祭りを創る過程を通して、雑多な人の流動にのまれながらも二つの文化圏が共存するという類まれな文化的魅力を、まずは若者が体感してみる。

その中で、プロのアーティストや商店街の旦那連中など普段会うことのない、多様な価値観を持つ人々との交流を通して徐々に「自分」の色を知っていく。

その上で、自ら企画を現し、日本の文化・芸術の発信拠点「上野」という大舞台で発表することで、夢を見つけ前に進んでいくことのできるきっかけを提供する。私たちの夏まつりは、当日だけではない、その過程までをも含めた冒険の結晶なのです。

「2020うえの夏まつり~不忍夢」

このようにして上野を地道に歩むことから始まった小さな意志は、次第に2020東京大会の文化プログラムの内側へと入り込んでいくことになります。

本イベントは、ついに「Tokyo Tokyo FESTIVAL」という東京都の文化プログラムに学生として初認定されることになったのです。

現在、オリンピック期間中に上野公園全体をジャックし、5万人もの人々を動員するお祭りを企画しています。

今回のシンボルは二つ。昼間は御輿、夜は盆踊りを軸として、普段交わることのない人々が交わり、互いに違いを実感しながらもその壁を越えてともにひとつのものを創る。そんな感動を届けたいと願って計画を進めています。

オリンピック・パラリンピックの歴史上にこの名を刻むだけでなく、レガシーとして来年度以降も毎年続けていく予定です。

私たちの夢の集まる夏祭りに、皆さんもぜひいらしてください。今後とも応援のほど何卒よろしくお願いいたします!

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